佐藤元首相の外交文書公開にみる政治家の<覚悟>

佐藤首相が訪米したのは、1965年1月であるから、44年前のことである。
当時は、70年安保反対闘争が盛んなころで、中国が核実験に成功した中での訪米だった。
当然、佐藤首相の訪米の目的は、日米安保の強化と、(そして核を持たない日本国の安全のために)「アメリカの核の傘の下」で国を守る意思の表明であり、アメリカとの再確認であった。
外交文書の公開で、(日中戦争の場合)「米国がただちに核による報復を行うこと」をマクナマラ国防長官との会談で表明していたことがわかった。
この佐藤首相の首相として国を守るための断固たる姿勢は、評価して良いではないか?
これでこそ、首相としての国を守る<覚悟>があり、政治家としては称賛されるべきことである。
総理大臣は、[特に外交・防衛については]相手のあることについては、駆け引きがある、「ウソもつく」こともある。
人気取りなど関係ない。
すべて、国のため、国益のために動くのが、立派な政治家である。
一部マスコミは、相変わらず「非核三原則」という表向きの発言とは裏腹に、このような「核戦争」を容認しているような「密約」を非難している。
大阪府の橋下知事風に言うならば、相変わらず「馬鹿ですねえ」と言いたい。
「非核三原則」と言ったって、米軍の艦船が核を搭載していることは、誰もが予想していたことである。
だからこそ、周辺国を軍事侵略していた共産党・中国が、日本を攻撃できなかったのである。
核抑止力が作用していたのである。
「非核三原則」で、ノーベル平和賞を受賞した佐藤首相であるが、「それがおかしい」というなら、言葉だけの「非核三原則」なら馬鹿でも言える。
佐藤首相が偉いのは、そんな「非核三原則」という言葉ではない。
ノーベル平和賞を受賞したからでもない。
戦争を防止するために、見え見えの「三原則」を唱えながら、核による戦争抑止(パワーバランス)を採用したことである。
「日本は核武装できる」としながら「核武装はせず」「日米軍事同盟の強化」のために覚悟を示した佐藤首相は称賛されるべき政治家である。
共産党・中国が核保有をする中、確実に日本の安全保障を実現するという、佐藤首相の外交手話が発揮された。
そのことがよくわかる外交文書の公開であった。


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